クライミングからBCスキーまで、この地球にある山と自然を全力で楽しもうとする、とある人間の軌跡。

2019年1月7日

スリングを考える

event_note1月 07, 2019 editBy W.Ikeda forum2 comments
あるとき、ガイドの黒田誠さんがfacebookでさりげなく

「ダイニーマスリングに結び目を作っている人が多くて気になる

とコメントされているのを目撃してドキッと。それ以上詳しく書いているわけでもなかったので余計気になり、この際一気に調べてみるかと。


はじめは色々なブログの記事を適当に読んでいたけど、読めば読むほどわからなくなってきた。

なので製造元のメーカーのサイトに飛んだり化学繊維の学会誌を読んでみたりして、なんとかそれっぽい自分なりの結論に到達したのでまとめてみます。


スリングと言ってもいろいろな種類が。
左からナイロン・ダイニーマ(2本)・アラミド



(※赤線部は2019/1/7,1/14追記訂正。ご指摘いただいた方ありがとうございます。)

§1 スリングに用いられる化学繊維の素材

(1)ダイニーマ (商品例:Ederid Dyneema Sling 8mm程度と細くてしなやかなスリング)
超高分子量ポリエチレン、ダイニーマのほかにイザナス・スペクトラとも。いずれも商標名。組成の違いによりダイニーマSK60SK712種類がある。

(2)ポリアミド (商品例:Rock Empire Open Sling オレンジや黄色の幅2cmの安いスリング)
略称PA。アミド結合によって繋がっている高分子の総称のこと。クライミングで使用される素材としてはアラミドとナイロンがあるが、メーカーによっては材質をPAとしか表記していないことも多い。また慣例的にクライミング業界ではポリアミドのことをナイロンと総称していることもある(用語の誤用が蔓延している)

(2-1) アラミド (芳香族ポリアミド)(商品例:Aramid Cord Sling プルージックコードとして売られている)

(2-2) ナイロン (脂肪族ポリアミド) (商品例:Black Diamond Nylon 比較的光沢がありつるつるしているスリング)
ナイロン6もしくはナイロン6-6が主流であるが、現在はナイロン12なども使用されている

§2 各素材の特徴

ナイロン(6または66)
アラミド
ダイニーマ
価格
安い
高い
耐摩耗性
💀
耐屈曲性
💀
体積
かさばる
かさばる
コンパクト
重さ(同強度の場合)
重い
重い
軽い
耐熱性
(225℃もしくは265)
(320)
×(150) 💀
衝撃吸収性能
× 💀
吸水性
〇 💀
〇 💀
×
耐紫外線性
× 💀
× 💀
      💀
滑らかさ
握りやすさ
〇?
💀のマークはこの特性には殊に注意しないと致命的な事態を起こしうることを示す

・耐熱性
耐熱性が低い素材をプルージックなどのフリクションノットや捨て縄でロープと直接こすれる場所に使用すると溶けて切れる危険性がある。またダイニーマは加熱されても融解せずに収縮する。そのためライターであぶってもほつれをまとめることはできない。さらにダイニーマは繊維自体の摩擦が少ないため一度ほつれるとすぐボロボロになっていく

・衝撃吸収性
端に動荷重が加わった際の反対側へ伝わる衝撃の大きさの比率を示す。衝撃吸収性が高いのは、その分だけ繊維が伸びることにより力を分散させていることを意味する。ナイロンおよびアラミドは伸縮性があり衝撃を吸収するが、ダイニーマはほぼ伸びないので衝撃が100%そのまま伝わる。

・吸水性
水を含むと一般に繊維の強度は大幅に低下する。ナイロンの場合だとその強度低下は25%もあるといわれている。さらに、水を含む=寒冷地で凍ることを意味するので、しなやかさも失われて落下時に単純なせん断力以外の力が働き少量の力でも切れる場合がある。登山のシーンとしては冬期登攀・アイスクライミング・沢登りなど。

・耐紫外線
繊維化学の文献に拠ると紫外線による劣化はナイロンやアラミドの方がダイニーマより大きいと見積もられている。これはポリアミド(各分子がアミド結合されている分子)およびダイニーマの各分子の結合の安定性に依存するため化学的に見積もることが可能。但し、上表の表記はあくまで相対的なものであり、ダイニーマは紫外線に強いわけではない。いずれの繊維も紫外線に暴露することを控えるに越したことはない。ちなみに、紫外線に強いとされている繊維の例としてはポリエステルなどが挙げられる。

§3 実験事例集(飛ばしてもOK) (★がついているリンクは是非見てほしい)

ダイニーマとナイロンの特性を墜落実験で比較した動画(DMM)
⇒ダイニーマに結び目があると極端な強度低下を起こす。一方ナイロンは結び目により荷重が吸収される。ただし落下係数2ではいずれも破断が見られるため支点としての使用ではたるみがないように使用しよう。

②ダイニーマスリングのタイオフと折り返しの静荷重での強度比較(DMM)
⇒ダイニーマの場合、タイオフより折り返しの方が圧倒的につよい。

③ダイニーマスリングを結んでループを作った場合の結び目の強度を静荷重と動荷重で比較(DMM)
ダイニーマのテープはいかなる方法で結んでも摩擦が少ないので引っ張ると滑ってほどける。
またダイニーマの方が摩擦が少ないので結び目を作った時にきつく締まりやすく、ほどけにくいため実用上のデメリットも。

④2つのスリングを結合するときの強度低下の素材依存性(BD)
⇒ガースヒッチなど直接連結させる場合、ダイニーマかナイロンの組合せに拘わらず強度は半分程度(10kN)まで低下。違うスリングをつないだ時は単位当たりの強度が弱いスリングが強いスリングに切られるように破断。


⑤静荷重によるダイニーマスリングを使用した支点強度(BD)
⇒ダイニーマスリングの場合、流動分散のほうが固定分散より大きい静荷重に耐えることができる。固定分散の場合、破断を起こすのは結び目。

⑥落下時の劇力がクイックドローに使用されるスリングの素材によりどの程度変動するか(BD)
⇒ダイニーマとスチールはほぼ同じくらい瞬間的な劇力が働く。ナイロンの場合は26%ほど力を吸収。またスクリーマーなどの衝撃吸収スリングは2050%ほど力を軽減。但し基本的に主たる力の吸収はあくまでロープ

PASなどをはじめとするセルフビレイ用スリングの強度★
⇒セルビレイ用のスリング類をその素材により(A)ナイロンとダイニーマの混合、(B)ナイロン、(C)ロープ類に分類。それぞれでStaticTestDynamicTestを行う。ロープ(PetzlConnectAjustなど)の方がStaticTestでの最大強度は低いが、DynamicTestでは最も優れた結果を示した。一方ダイニーマとナイロンの混合素材(PASなど)に関してはStaticTestでは強いものの、DynamicTestでは全然ダメ。PASでも動的墜落はだめ。やっぱりマルチではメインロープでセルフをとるのが一番。ちなみにデイジーチェーンのポケットは衝撃吸収の意味をなさない。セルフビレイとしてではなくあくまでエイドクライミング用ギアとしてとらえることを提唱。

⑧スリング・クイックドロー・ロープ・捨て縄の強度の経年劣化について
⇒強度低下の原因として(1)摩耗と(2)紫外線による化学分解の2つをあげている。強度の低下に関する測定を行っているが、検証するスリング類の「劣化」具合があまりにも定性的かつ適当なので、紫外線と摩耗のどちらの要因が有意に働くのかは全くわからない(むしろこのデータから判断するのは危険)。要は中古スリングの強度は半分程度まで低下することがあることに留意。

⑨カムのスリング部分の強度について
⇒これといって定量的な情報は書いていない。でも最近のキャメロットのスリング-ワイヤー接続部でスリングが2重巻きになっている理由や、キャメロットがなぜDMMのドラゴンカムのようにダイニーマコードで延長可能な構造を取っていないのかその理由を説明している。(DMMのような構造では簡単な墜落でワイヤー部を損傷させる可能性がある。ただし、だからと言ってDMMのドラゴンカムの場合はワイヤーが損傷するというわけではない。トリガーの構造が異なるので。)

スリングのテスト★
⇒スリングの強度について様々なテストを行っている。墜落実験・強度実験に関しては上記の結果と整合。データのとり方・分析方法としては(科学的に)一番しっかりしているかもしれない。耐屈曲性の実験では、ナイロンスリングは耐屈曲テスト(繰り返し折り曲げをした後にスリングの耐久強度を測る実験)で強度が変化しないのに対して、ダイニーマでは強度が使用とともに低下する実験結果あり。
http://fishproducts.com/tech/High_Strength_Cord.pdf?fbclid=IwAR2zqVlggghWDKxSV8GveLkLntkQJ7qLoFVC4ZiNuG3YKaUvl8o0UNi6Gns



§4 クライミングシーンでの使い分け (つまり上の事例から何がわかるか?)
(1)ダイニーマスリングおよびナイロンスリングの留意点
<ダイニーマ>
・セルフビレイの代用にはならない
・固定分散には使用できない
・墜落荷重をかけない
・フリクションノットとしてスリングを使わない
・ダイニーマスリングは既製品を使う。自分で結び目は作らない
・ほつれ始めたら要注意。あぶってもほつれを処理することはできない。
・全く伸びないので劇力がかかる
・耐摩耗性および耐屈曲性が低い。使用ともに明らかな強度低下を起こす。

<ナイロン>
・水分を含むと強度が落ちる
・ダイニーマと違い多少伸びるので衝撃吸収を多少する
・でも支点など直接力が伝播する場合は衝撃荷重を与えない
・固定分散やトップロープをするならダイニーマではなくナイロン
・セルフビレイ/フリクションノットならこっちの方がいい
・耐摩耗性および耐屈曲性が高い。使用しても強度が低下しにくい。

<両方のスリングについて>
・経年劣化に注意(紫外線など)
・一般に結び目は劇力を受けた際に強度を低下させうる
・スリングとスリングを直接つなぐと、強度のある繊維がない方のスリングを切る働きをするので極端に強度が低下する場合がある。
・基本的に劇力を与えない

(2)セルフビレイの留意点
・ダイニーマスリングをセルフビレイの代用として使用してはいけない
・デイジーチェーンはフォール時に劇力を生む(ポケットの衝撃吸収に頼ってはいけない)ので使わない
PAS(ダイニーマとナイロンの組合せ)でも動的荷重はNG。特に懸垂のはじめのときとか要注意
・セルフビレイを取るときはたるみの無いように
・ロープは衝撃吸収性能がとてもよい。まずはメインロープでセルフビレイを取ろう

(3)クイックドローのスリング部分の留意点
・ダイニーマ製の軽量クイックドローは支点に荷重をよりダイレクトに伝える
・ナイロン製は伸びで少し衝撃吸収をするが、それでも対ダイニーマ比で48%程度。果たして有意といえるのかは不明
・でもそもそも、クイックドロー使用時の衝撃吸収の主たる要素はロープの伸び
・ほかに素材としてはポリエチレンなどがあるが、いずれにせよ衝撃吸収を想定しているとは思えない。
・どうしても衝撃吸収を考えたいのであればショックアブソーバーなどを使用?






ざっくり言うと、まあこんな感じ?

ここまでたどり着くのにだいぶ苦労しました。
クライミングってムズかしい(´Д` )




ともあれ今回はスリングについてだけなので、次回はこれを使ってつくる「支点」についてもじっくり考えなければ...
道のりは長い....


2 comments:

  1. ありがとうございます🙇
    人工壁でのトップロープ構築の際に役に立ちそうです。
    沢用、雪山用と区別して買い揃えたいと思います。

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    1. コメントありがとうございます。
      お互い気を付けてクライミングを楽しみましょう!

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